研究紹介

研究のビジョン

我々は,人の身体動作とそれに協調する機械の動作を対象として,力学をベースにした合理的な運動に基づく動作の設計に取り組むことで,以下の4つの分野の研究に貢献します.

医療

医療における診断や介入において,身体動作の観察は非常に重要な要素です.しかし,どのような動作が「正しい」のかという基準が明確でないため,診断や介入の方針を的確に定めることが難しい問題があります.また,患者さんの動作障害には大きな個人差がありますが,身体機能との因果関係を適切に検査できる必要があります.本研究室では,臨床現場で実現可能な実用的な計測手法と,力学モデルを介した運動の合理性に基づく評価を組み合わせた実用的な医療機器の開発に取り組むことで,これら課題の解決を目指しています.

スポーツ

近年,ゴルフや野球の弾道計測システムのような装置の発達により,動作分析のアナリストが登場し,スポーツに対しても科学的なアプローチが広がってきました.一方で,計測は打球や装具の動きに限定されており,人間自身の運動の計測・評価は不十分です.本研究室では,身体の動作の根幹をなす「重心の並進運動」と「重心まわりの回転運動」に着目し,スポーツパフォーマンスと人の運動の合理性を力学的な観点から議論しています.

ロボティクス

AIと呼ばれる機械学習・深層学習の発展に伴い,人型ロボットの開発も日進月歩で進んでいます.一方,二足歩行ロボットの制御では,ZMP(ゼロモーメントポイント)と呼ばれる身体の回転を抑制する技術が用いられていますが,その原理は人の運動制御とは本質的に異なります.将来的に,人とロボットが協調できる社会を実現するためには,ロボットの運動を人間の動きに近づけることが重要です.本研究室では,人のバランス動作が体性感覚や前庭感覚といった感覚器情報に基づいていることに着目し,重心の動きに加え,頭部加速度の抑制も考慮した運動生成のあり方を探っています.

自動運転

乗用車,トラック,バス,建設機械などにおける自動運転技術の開発が進んでいますが,多くはカメラ画像などのセンサ情報に基づく周囲環境の認識に焦点が当てられています.一方で,搭乗者の乗り心地や乗り物酔いを配慮したアクセルや操舵の制御については,ほとんど研究されていないのが実状です.本研究室では,力覚センサおよび慣性センサによる計測に基づいて,座位時のバランス制御モデルの構築と,乗り物酔いの要因となる視覚と前庭感覚の感覚重みづけの評価の両面から,搭乗者に優しい自動運転制御技術の実現を目指します.

研究内容の紹介

実用計測に基づく重心位置推定

身体運動の基本は重心の制御にありますが,その重心位置の計測は容易ではありません.立位や座位における重心位置変動は数mm程度と非常に小さく,マーカレスモーションキャプチャやKinectなど簡易的なカメラ計測システムでは十分な精度を確保することが困難です.そのため,一般的には複数の反射マーカを用いた光学式モーションキャプチャシステムが用いられます.しかし,計測の手間が煩雑であるため,医療やスポーツの現場でこのようなシステムを運用するのは現実的ではありません.

そこで本研究室では,フォースプレートおよび慣性センサ(加速度センサと角速度センサを組み合わせたもの)による計測と力学モデルを組み合わせた,実用的かつ高精度な重心推定技術の開発に取り組んでいます.現在,立位(脚部平行),片脚立位,座位(背もたれなし)といった基本姿勢に対する手法はほぼ完成しており,今後は足踏み動作や踏み出し動作への拡張を目指しています.

本研究については,フォースプレートの国内トップメーカーである株式会社テック技販と共同研究契約を締結し,商品開発と連動する形で研究を進めています.

  • フォースプレートと慣性センサに基づく立位の重心推定:Sensors (2023)
  • フォースプレート2枚に基づく座位の重心推定:日本機械学会論文集(2023)
  • フォースプレートと慣性センサ3台に基づく片脚立位の重心推定:Sensors (2025)
  • 特許(登録済):状態推定システム、および、状態推定方法,特許第7146190号
  • 特許(出願中):状態推定システム,特開2024-66016

安静立位・座位・片脚立位のバランス評価

立位や片脚立ちでバランスを保つために,人は重心の変化に応じて適切な復元力を発揮しています.従来,このバランス能力を評価するために「重心動揺計」と呼ばれる装置が用いられてきました.しかし,この装置は足裏にかかる力の作用点(圧力中心,COP)を計測しており,重心位置(COM)はわかりません.そのため,重心位置の変化に対する適切な力の発揮を評価できず,さらに,頭部の運動も評価の対象とはなっていません.

この課題を解決するために,本研究室では上述の実用的な重心位置推定手法を活用し,フォースプレートと慣性センサの計測に基づく新しいバランス評価システムを開発しています.このシステムにより,重心位置の摂動に対する復元力の強さや,加速度の変動の要因(復元の強さ or 力のばらつき)を切り分けて定量的に評価できます.さらに,足関節戦略や股関節戦略といった医療現場で長く使われてきたが定量化されていなかった概念を力学的な指標に基づいて定量化し,それぞれの大きさや位相の分析を可能にします.

本手法を応用して,複数の大学病院や理工系大学の協力を得て,高齢者の評価,めまい患者の評価,新しい治療法(電流刺激の付加)の評価などに取り組んでいます.さらに,通常の立位だけでなく,片脚立位や座位におけるバランス制御の評価へと応用を広げていく予定です.

個人のバランス制御システムの同定

制御工学的な視点では,立っている人に外部から刺激を加え,その応答を計測・解析することで,個人のバランス制御システムを数式モデルとして扱うことが可能になります(このような手法を,一般的に「システム同定」と呼びます).しかし,人間のバランス制御システムを対象としてシステム同定を実現した例は,これまで報告されていません.その主たる要因は,外部刺激の与え方によって人間の応答が変化することと,重心移動の計測が容易でないこと,にあります.

本研究室では,外部刺激として床面の水平揺動を与え,この刺激が引き起こす床面の速度に応じた目標重心位置の変化をモデルに組み込むことで,立位時の重心制御に着目した個人のバランス制御システムの同定法を世界で初めて確立しました.さらに,重心位置推定手法と組み合わせることで,実験時の計測装置の簡易化に成功しました.これにより,多数のシステム同定が可能になり,得られたシステムの再現性を確認できました.

バランス制御を数理モデルに置き換えることで,応答の遅延時間,復元の強さ,安定度の高さに加えて,足関節応答の左右差や視覚刺激に対する過敏さなど,個人の特性を定量的に評価できるようになります.本研究の知見は,電車・バスの搭乗者やセグウェイのような立ち乗り型パーソナルモビリティビークルの制御最適化への応用が期待されます.現在は,頭部の制御を考慮したモデルの構築や,座位のバランス制御モデルの開発に取り組んでいます.

一定周波数の揺動によるバランス評価と介入

立位中に支持面を一定の周波数で揺動させると,その周波数によってバランス応答の特性が大きく変化します.例えば,約0.7Hzで揺らした場合には非常に立ちやすいのですが,それよりも低い周波数で揺動するとバランスを取るのが難しくなります.その理由を調べるために力学的な解析を施すと,0.7Hz付近が足関節の力をほとんど使わずに頭部を空間内で安定させやすい周波数であるのに対し,より低い周波数では支持面に対する重心の相対的な動きを抑えようとして,かえって多くのエネルギーを要するためとわかりました.

本研究室では,このような一定周波数の揺動に対するバランス応答をバランス機能の評価手法として活用する研究に取り組んでいます.特に,低い周波数(<0.4 Hz)では体性感覚,高い周波数(>0.7 Hz)では前庭感覚をバランス制御において優位となることから,それぞれの感覚特性を評価できる検査法の開発を進めています.さらに,感覚の重みづけ(感覚再重みづけ)を促す介入方法としての応用も視野に入れ,バランス機能に障害を抱える方へのリハビリテーションへの展開を目指しています.

慣性センサ(IMU)を用いた歩行計測

歩行の計測においては,カメラやフォースプレートを用いた計測は設置場所や環境に制約があるため,身体に装着可能な慣性センサ(加速度センサとジャイロセンサを組み合わせたセンサで,IMUと呼ばれます)などのウェアラブルセンサによる評価がより現実的と考えられています.しかし,慣性センサから得られる生データだけでは,足部の位置や重心の動きを正確に把握することは困難です.そのため,取得したデータに対して適切な信号処理を施し,歩幅や重心高さといった歩行に関する指標を抽出・解析する必要があります.

本研究室では,脚部・足部・頭部・骨盤などに装着したIMUから得られるデータから推測できる情報と,医療や臨床現場で求められる歩行評価指標との整合性を検討しています.センサデータの処理手法の高度化と力学特性を考慮した歩行解析技術の両面からアプローチし,信頼性の高いウェアラブル歩行評価技術の確立を目指しています.

また,本研究の応用事例として,高知県のV-lock system株式会社と共同で,同社が開発した靴紐を容易に締められるV-lockシステムを使い,靴紐を締めることが歩行や様々な動作におよぼす効果を調査しています.

スプリント加速における合理的な前傾姿勢制御戦略の解析

陸上競技などのスプリントスタートでは,身体を前方に傾けた姿勢から始まり,加速とともに徐々に上体を起こしていきます.しかし,加速局面においてどのような姿勢制御戦略を取ることが最適かという問いに対して,力学的な観点から十分な説明がなされていません.その理由のひとつは,「姿勢角度」が明確に定義されておらず,運動中の姿勢の変化を定量的に捉えることが難しいためです.一般的には,足の接地位置と身体の重心位置を結ぶ線の傾きを「姿勢角度」とみなす場合が多いのですが,接地位置は一歩ずつ不連続に変化するため,そのような定義では姿勢角度も不連続に変化し,怪しいデータとなります.

上記の問題に対し,我々は両足を揃えて直立した状態(棒立ち)から前方にダッシュするときの動作に着目しました.このような動作では,一歩目を後ろに足を引いてから二歩目で前方に踏み出すFalse stepが有利であることが体育学的に知られています.本研究では,棒立ちの初期姿勢を基準角度(0度)として定義し,そこからの姿勢変化を身体の角運動量に基づいて推定する手法を提案しています.この方法を用いることで,実際のスプリント動作において身体がどのように前傾運動を行っているのかを,定量的に評価できるようになりました.

本研究は,産業技術総合研究所四国センターおよび城西大学の先生方との共同研究として進められています.