COMとCOPの違い

安静立位の重心動揺検査は,耳鼻咽喉科を中心として用いられる平衡機能検査の一つです.重心動揺検査の「重心」と物理的な「重心」の意味が異なるため,この記事ではその解説をします.

図1

図1に重心動揺検査の概略図を示します.被験者は,重心動揺計(スタビロメータ)と呼ばれる力計測板の上に立ちます.力計測板については別の記事で詳しく説明しますが,ここでは鉛直方向の力と2つの水平軸(x軸とy軸)まわりの力のモーメントが計測できる装置とします.

まず,この力計測板で計測できる物理量が圧力中心(足圧中心とも呼ばれます)になります.図1右側の赤線のような圧力中心の軌跡が計測されます.圧力中心は,英語でCenter of pressureなので,COPまたはCoPと略記されます.COPは,足裏から床に作用する力の平均位置,すなわち,力の作用点(着力点)を表します.作用点は床面上から動かないので,(x, y)の2つの平面座標上で表されます.繰り返しますが,COPは「重心位置」ではなくて「力の作用点」になります.

これに対して,重心の定義は,人体に分布する質量の平均位置になります.COPとは違い,3次元座標(x, y, z)でその位置が示されます.重心の呼称としては,Center of gravity(COGまたはCoG)と表現するのが適切だと思われますが,医療系では慣習的にCenter of mass(COMまたはCoM)という言葉が多く使われています.どちらも意味としては同じはずですが,COGとCOMのいずれか一方を3次元空間上の点,他方を重心位置を床面上(平面座標)に射影した点とみなし,これらの用語を使い分けている専門家もいます.このような用語の使い分けは専門的な議論においてはあまり重要ではないので,以下では重心をCOMと呼びます.

図2

医療分野の専門家の皆様方とディスカッションをしていく中で,「COMとCOPは何が違うのか」をよく聞かれますので,図2の概略図を使ってそれを説明します.説明の単純化のために,図2では人を足部とそれ以外(身体部)に分けて,足関節まわりに上半身が前後方向に回転すると考えます.

まず,重力について述べます.COMが足関節の真上にあれば身体部は回転しませんが,真上から少しでもズレると重力で倒れる方向に回転します.すなわち,重心位置によって足関節まわりの重力モーメントが励起されます.

次に,復元力について述べます.立位を維持するために,足関節まわりに重力モーメントへ対抗するための足関節モーメントを発揮します.このとき,足部の力のつり合い(力学の第3法則)から,発揮される足関節モーメントに応じて力の作用点であるCOPが移動します.すなわち,COPは発揮した足関節モーメントを反映した「力の物理量」と言えます.

以上より,一般的な「重心動揺検査」は,本当は「COP動揺検査」と呼ぶべきものです.ただし,一定時間計測したCOPの平均位置は,同じ時間での重心の平均位置と一致するため,COPはCOM変位と相関する物理量とみなすことはできます.

最後に,COPの値から立位などのバランスが評価できるのかという問いかけになります.COP≒COMのような位置づけですので,重心の動きを大雑把に把握したいという目的であれば十分に機能すると思います.一方,物理学的に考えると,物体の運動,すなわち,重心の並進移動や重心まわりの回転運動は,外力に応じて変化します(力学の第2法則).したがって,バランスの本質的な議論のためには,「どのような重心位置のときに,どのような力が発揮されているか?」を議論すべきです.そう考えると,COM(重心位置)とCOP(足関節力)の両方の計測が必要という結論に至ります.

我々の研究グループでは,従来の重心動揺検査と同程度の簡便な検査法で,COMとCOPの同時評価の実現を提案しています.その具体策は,以下の通りです.

  • 従来の力計測板に変えて,多くの情報が得られるフォースプレートと頭部の慣性センサ(IMU)をセットで計測する.
  • 人体の機構モデルの力学法則を適用し,直接計測される物理量から重心変位等を推定する.

この方法から,COPだけでなく,COM位置,COM加速度,頭部加速度,頭部角速度,下半身COM加速度,上半身COM加速度など,豊富な情報が得られます.これを活用したバランス評価方法については,別の機会にお話ししたいと思います.